リューネブルク独日協会

協会創立の由来

坂東俘虜収容所

1917年から1920年までの間約1000人のドイツ人兵士が坂東俘虜収容所に収容されていた( 坂東は現在の鳴門市大麻町である)。彼らは第一次世界大戦において日本とドイツの間で行なわれた中国の 青島攻防戦で捕虜となった。お互いに人道にふさわしい人間的な交わりを行なうことによって、地域の日本人住民とドイツ人捕虜の間に友情が芽生えてきた。

鳴門市とリューネブルク市の姉妹都市交流

鳴門市は一度芽生えたこのドイツとの絆をさらに進展させ強固にするために、長い間姉妹都市交流の相手を探していた。そしてついに1974年4月18日リューネブルク市と姉妹都市の盟約を結ぶに至った。両市の広さや人口の規模も良く似ており、そしてかつて塩の町であった両市は観光的にも魅力がある。さらに両市の都市交流はお互いに親善使節団を定期的に派遣することによって行なわれている。1974年以来両市の間で毎年訪問が行なわれ、その結果公けの交流のみならず、個人や家族同士の交流も行なわれるようになった。

両市における日独協会および独日協会の創立

以上の公けの姉妹都市交流を個人のレベルでも強化し深めるために1978年12月4日に「鳴門日独友好協会」が、そして1980年8月29日に「リューネブルク独日協会」が創立された。